酒と唄を愛する大道芸人たちの街、横浜・野毛に生まれた私たちサウーヂの歩みをご紹介します。

Picture

「KQで行こう!」

私たちの地元野毛を突っ走る京急への愛とリスペクトを込めて。赤いあいつが浅草の街を駆け抜けました。優勝は逃したが、去年に引き続きアレゴリア賞を受賞。

2016
Picture

Obrigado(ありがとう)!!

この気持ちを過去の先人たち、サウーヂを応援してくれたファンの皆さん、そして未来のサンビスタたちに伝えたい。私たちが大事にしてきたサンバとそこにある思想を日本語で歌い上げ優勝を飾りました。

2015
Picture

「あの世」をテーマに

「サウーヂ流あの世の旅」を浅草に表現。地獄へ落ちても、サンバの力で天国へと変えてしまい、極彩色の楽園の中で共に歓喜するサウーヂの生きざまを力強く見せて、再度の準優勝!

2014
Picture

「サウーヂは『お金』がダイスキ!」

限りある命の中でお金を求め使うことで幸せを求める人々の姿を讃えた。敬愛するマンゲイラから Rainha da Bateria の Evelyn Bastos、バテリアの Nielson、Fabiano がサウーヂを訪問。そしてバテリア2名はサウーヂのメンバーとして浅草へ! 大きな力を得て、準優勝を受賞。

2013
Picture

2年ぶりの開催となった浅草において

「健康に乾杯! ~ともに生きよう、健やかに!!~」をテーマに、健康で共に生きることの素晴らしさを讃えた。僕らの分身「サウーヂくん」を通して愉快でいとおしい人間の生きざまを描き、震災で傷ついた人々の心に共感を呼んだ。そして、再度の優勝!

2012
Picture

東日本大震災

東日本大震災の影響により各種イベントが中止、延期となる。第31回浅草サンバカーニバルもは延期となった。
宮城県の大崎市および刈田郡蔵王町において、復興支援のための公演を実施。

2011
Picture

「サウーヂは愛を歌う!」

愛することの苦しさと素晴らしさ、愛が生み出す奇跡を表現した。通算25回目の出場を迎え、これまでサウーヂに関わった全ての人々の努力がついに結実する。
浅草サンバカーニバル始まって以来、初めて優勝旗が多摩川を渡った。

2010
Picture

「横浜開港を讃える」

故郷ヨコハマの歴史、風景、新たなる旅立ちを讃えた。一部衣装のブラジル発注を開始。中華学院校友会、栃木県真岡市の「チーム絆」の参加を得たヂスフィーレで、評価項目「テーマの表現」では第1位。4位、アサヒビール特別賞。

2009
Picture

「飛べ、サウーヂ!

~風の力に乗って、その翼を広げて~」をテーマに掲げ、大空を目指した人類の挑戦を歌う。突然の豪雨の中、ヂスフィーレをやり遂げたものの、痛恨の6位。

2008
Picture

プレジデンチ交代

プレジデンチが4代目 金子哲也から交代し石山和男が再任。
浅草では「サーカス ~通りに飛び出したサウーヂのサーカス、サンバのリズムの中で踊る~」をテーマとして、完全燃焼。4位入賞。

2007
Picture

「原始時代

~踏めよ、叩けよ、感性と本能のままに!~」をテーマとして浅草出場。
過去最多のアレゴリア(山車)を制作、5位入賞。

2006
Picture

アトリエ・オープン

常設の活動拠点「アトリエ・サウーヂ」を横浜・野毛に開設する。
「サンバこそが僕の宇宙 ~僕のロケットよ、今こそ飛びたて~」をテーマに、宇宙へと飛び立つロケットを浅草に表現。4位入賞。

2005
Picture

日本開国150周年を祝う

プレジデンチが3代目 松重隆から4代目 金子哲也に交代。
浅草では「開国 ~心に潜んでいた夢を爆発させよう~」をテーマに出場。日本開国150周年を表現し、3位受賞。

2004
Picture

「オーケストラが街にやってくる」

「オーケストラが街にやってくる」をテーマに、絢爛たるオペラの世界を浅草に再現し、3位受賞。

2003
Picture

「日本」

カルナバレスコ石山和男との縁によりサザンオールスターズ応援団の「毛ガニ道場」の門下生から多数の参加を得る。
浅草でのテーマは「日本」。日本神話のさまざまな物語を表現し、ひさびさの準優勝を獲得。

2002
Picture

マンゲイラとの技術交流ツアー開始

マンゲイラとの技術交流ツアー開始。ダンス、打楽器共にマンゲイラの主要メンバーから直接指導を受ける。「亜熱帯フェイジョアーダ」をテーマに愛するブラジルを讃える。パレードで総合4位、モバイル賞1位を受賞。

2001
Picture

カルナバレスコを設置

サウーヂメンバーの多くがマンゲイラの一員としてリオのカルナヴァルに出場。カルナバレスコ(カーニバルの制作・進行総指揮者)を設置し、初代カルナバレスコには内田弘昭が就任。浅草では「未来のカーニバル」をテーマに、機械文明に対する自然の重要性を描き、4位入賞。

2000
Picture

佐久間圭輔氏との出会い

マンゲイラ日本大使の佐久間圭輔氏と出会い、ブラジルの文化や知識を学ぶ。
浅草では「海 ~海底の楽園~」をテーマに竜宮伝説を取り上げ、5位入賞。

1999
Picture

赤いニワトリ?

プレジデンチが2代目 石山和男から3代目 松重隆に交代。
「火の鳥~炎の祭典~」という再生がテーマ。4位、審査員特別賞を受賞。

1998
Picture

カルトーラに捧ぐ

愛するマンゲイラの創始者カルトーラの名曲「沈黙のバラ」に着想を得て、「おしゃべりなバラ」というテーマで出場。5位入賞。

1997
Picture

悪霊退散!!

「おばけ」がテーマの年。黒を基調とし、コミッサォンは死神と棺桶に入った美女という奇抜なヂスフィーレ。黒猫のアーラが大人気。3位受賞。

1996
Picture

野毛の波に乗っていこうぜ

サウーヂ10周年ということで、サウーヂが生まれ育った4つのバール(酒場)、ボテキン・浜幸・タイム・乃津と横浜を讃えるエンヘード。浜幸マスターはアレゴリアの上に乗りご満悦。3位受賞。

1995
Picture

最後の夜

アラビアン・ナイトをテーマに、チャオが豪華絢爛なファンタジアを作る。準優勝。
この年を最後に浅草サンバカーニバルは夜から昼へ移行。

1994
Picture

初の三桁

アカラジェ軍団、ベルマーレ平塚などの参加を得て220名での浅草出場。「永遠の宴」をテーマに酒と宴会を讃え、大変な盛り上がりで金賞(2位)受賞。

1993
Picture

高梨隆、ブラジルへ

プレジデンチが初代 佐藤夕祐から2代目 石山和男に交代。
また高梨隆が渡伯。リオのカルナヴァルから多くを吸収し、サウーヂのファンタジアやバテリアも一段とパワーアップした。浅草では96名の参加で銀賞(3位)受賞。

1992
Picture

バテリア練習

梶川ノリオ、小林正勝らにより組織的にバテリア練習を開始。
このときに生まれたのが "É Hoje" (1982年ウニアン・ダ・イーリャのサンバ・ヂ・エンヘード)のサウーヂアレンジバージョンである。同曲にて浅草出場。4位入賞。

1991
Picture

バイーア

初心に帰り、初出場の時と同じ1986年のマンゲイラのサンバ・ヂ・エンヘード "Caymmi Mostra ao Mundo o que a Bahia e a Mangueira Têm" にて浅草出場。

1990
Picture

10点満点

"Hómen Nota Dez" (10点満点の男)をテーマに初代プシャドールにして東洋一のサンバ歌手、森本タケルを讃えた。

1989
Picture

初のオリジナル曲

「情熱の街」"Cidade da Paixão"(梶川ノリオ、笹子重治、石山和男作の名曲)で浅草に出場。仙台サンバクラブや大阪から原中カイピ、ミドリ夫妻、稲見洋氏の参加も得て堂々の金賞(2位)を獲得。

1988
Picture

野毛で活動開始

浜幸マスターの参加を得て野毛を中心にした活動を開始。仙台サンバクラブと出会い、サンバの楽しさ、素晴しさを伝えられるとともにパゴーヂのできるエスコーラを目指すように。秋岡欧、笹子重治両氏(現ショーロクラブ)らの協力を得て、"Exaltação a Mangueira" で浅草出場。

1987
Picture

乾杯!!

ヨコハマのジャズ喫茶 FIRST の仲間を中心に生まれる。
発足時のメンバーである中原仁氏の提唱で同年のマンゲイラのサンバ・ヂ・エンヘードで浅草サンバカーニバル初出場。初めての練習の打ち上げで皆が発した乾杯の言葉「サウーヂ!」がチーム名となる。

1986
Icons made by Freepik from www.flaticon.com is licensed by CC BY 3.0
トップに戻る
background-images