パテュー(プシャドール) メンバーの声

サウーヂの研修生として、リオ・デ・ジャネイロに3か月間滞在。マンゲイラの息吹を直に感じてきたパテューさんに、話を聞きました。

初めて参加した全体練習でエネルギーを感じた

――サウーヂに入った経緯を教えてください。

パテュー 初めて全体練習に参加したのは2012年の冬です。友達が出演するブラジル音楽のライブを見に行ったら、そこにサウーヂのメンバーがいて、全体練習に誘われたのがきっかけでした。

――全体練習に初参加したときのことを振り返って下さい。

パテュー エネルギーを感じましたね。日本人だけでパワフルな演奏をしているのも新鮮でした。その日は練習の後に、サンバ・エンヘード作曲コンテストに参加する人たち向けの説明会が開催されていて、僕は「自分も作りたいです」と、いきなりそこに顔を出したんです。

――それはかなり大胆ですね(笑)。作曲はサウーヂに入る前から興味があったんですか?

パテュー はい。でもサウーヂに入った当時は、サンバ・エンヘードが何なのかまったく分かっていませんでした。レコーディング現場でも、かなり手間取って周りに迷惑をかけちゃって。それなのに、録り終えた瞬間に自分だけ盛り上がってしまい、思いっきりひんしゅくを買いました(苦笑)。そんな僕でもメンバーに定着できたんですから、サウーヂって本当に懐が深いです。

いつの間にか自分の居場所ができていた

――サウーヂには参加直後からの夢中になれましたか?

パテュー それが実はそうでもないんです。入ってすぐ、バテリアでタンボリンを選んだのですが、あまり練習しませんでした。そのせいで2014年、人生2度目の浅草サンバカーニバルは「そのレベルじゃダメだ」ってことで、本番にタンボリンで出られなかったんです。それが悔しくて、やっと練習に本腰を入れました。そのあたりからですね、サウーヂに本気でのめり込んだのは。

――本気でのめり込むまでの間、サウーヂとはどんな距離感でしたか?

パテュー 浅草の準備やイベントの裏方仕事を通じて、徐々に仲間が増えていく感じで、そういう人と人との関係でつながっていく感覚でした。そうこうするうちに、サウーヂ内に自分の居場所ができて、徐々に面白味を感じる場面が増えていったんです。

――現在はプシャドールを担当していますが、どのような経緯ですか?

パテュー 2015年の秋にサウーヂがイベント出演する際に、スケジュールの都合でプシャドールが全員本番に来られない日があったんです。そのときに「歌ってみる?」と声をかけてもらったのがきっかけでした。だいぶ前から周囲に「歌ってみたい」って言っていたのを気にかけてもらえていたようで、ありがたかったですね。

やりたいことに挑戦できる、それがサウーヂの良さ

――パテューさんが考える“サウージらしさ”とは?

パテュー さっきも言いましたけど、懐の深さはサウーヂの特徴だと思います。何をするにしても「一番やりたいことをやりなよ」「やりたいならやってみれば」っていう雰囲気がある。あとは結構、みんな本音でぶつかりあってますよね。練習後にたいてい飲み会があるので、思っていることを語り合う時間が多いんです。それが演奏やダンス、エスコーラ運営にプラスになっている気がします。

――マンゲイラで感じた、サウーヂに伝えたいことは?

パテュー あらゆる面でサウーヂは、もっと冒険したほうがいいって思いましたね。例えば、バテリアの音作りやグルーヴなども、マンゲイラは変化を恐れず、もっと良くする方法を模索していました。サウーヂがマンゲイラを目指すなら、彼らの最新の音を参考にするべきだし、姿勢そのものをお手本にするべきだと感じました。

――今後、サウーヂでやってみたいことを教えてください。

パテュー サウーヂ発の、日本語サンバを増やしたいですね。マンゲイラでは、日本語歌詞のサンバ・エンヘード“サウーヂ2015”が好評で、あちこちで「歌ってくれ」とせがまれました。言葉の壁を超えて気持ちを伝えられた感覚があったので、どんどん日本語でやっていくべきだと思いましたね。もうそういう段階。マンゲイラを目標にしながら、ちゃんと自分たちのサンバを作る、それが僕の目標です。

プロフィール

パテュー

2012年冬よりサウーヂに参加。当初はバテリアでタンボリンを担当、2015年秋よりプシャドールに。2017年のサンバ・エンヘード作曲者の顔も持つ。北海道出身。